ヒトトモノノ歯車

百万年くらい練習して、いつか文章で飯を食う

記号と名前の違いの話

人々を名前で呼ぼう。人は自分の名を聞いたときに最も深いところで反応する。

――Stepanie G Davidson

  

視界の隅から見知らぬ女性が顔を覗かせた。赤髪に青白い尖った耳が印象的だ。見覚えのないその女性は鋭い耳を震わせながら、自信なさげに僕の名前を呼んだ。彼女と僕はエルフ族の里であるアスランという村の出身であり、以前から旅をともにする冒険者の仲間だ。

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 クリスマスパーティーとして我が家に友人を招いたときの写真。既に僕には持ち家が存在する。

確かに僕を意味する記号ではあったが、確かに僕の名前ではなかった

とある理由で関西にしばらく滞在しなければならないことになった。そこでは基本的に朝から晩まで仕事に追われていたが、せっかくの旅行先で誕生日のある週に休みもなく過ごすというのも馬鹿馬鹿しくなり、僕はふと思いついてある友人に連絡をした。彼女は『ドラゴンクエスト10』という世界では魔法使いとして名を馳せ、共に魔王を討ったこともある歴戦の士だったが、一方で関西に住む穏健な女性でもあった。

「もし時間があったら大阪を案内してくれないだろうか」

僕がそう言うと彼女は快く引き受けてくれた。こっちの世界で顔を合わせるのは初めてだったから、お互いの身体的特徴を伝えて待ち合わせ場所で探しあったところ、彼女のほうが先に僕を見つけたということになる。彼女は僕を見て呼んだ。確認のために呼んだ。しかし、それは確かに僕を意味する記号ではあったが、確かに僕の名前ではなかった。

 言うまでもないが、『ドラゴンクエスト』では初めに世界に生まれ落ちる前に、自分を表すための記号を設定する。そこでは自分の名前をつける人もいれば、全く別の人格を演じる人間もいる。僕は後者であり、特にどんなゲームにも共通につけている文字列が存在するタイプの人間であった。由来は好きな歌手の口癖というくだらないものであるが、常にその文字列は仮の世界で僕を表すペルソナになっていたことは事実だ。つまり、彼女にとって私は仮の世界の存在であった。同様に、私も彼女のことを仮の記号で呼んでいた。彼女の記号の由来は私には想像がつかなかったが、一般の女性の名前として十分にありえる文字列だったため、幾分か僕のほうが彼女のことを呼びやすかった。

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 時に、人は自分のアイデンティティすら放棄する

今思えば初冬の風が強い中、新世界、日本橋、梅田とかなり迷惑なルートを指定して丸一日付き合わせたが、嫌な顔一つせず楽しかったとまで言ってくれた彼女には感謝の他はない。 実際のところ新世界と日本橋に関しては彼女もほとんど明るくなかったようで、初めてのダンジョンを手探りでマッピングしながら冒険する感覚があった。こちらの世界とあちらの世界で違うことは、彼女が方向音痴ではなかったことだ。つまり、彼女はグーグルマップを利用することに長けていた。普段は先導していたはずの僕が、こちらでは先導されていることに気づいて少し新鮮な気持ちになった。

旅の終着駅は「スクウェア・エニックスカフェ」という梅田にあるコンセプトカフェであり、そこでは丁度『ドラクエ10』が期間限定で取り扱われていた。やはり間違いなく僕と彼女は、この世界とは異なる仮の世界を旅していたのだ。視界を埋め尽くすように広がるドラゴンクエストの世界と、作品を意識したメニューの数々を前にして、僕たちは冒険の旅路を振り返っていた。丸一日遊び尽くし、彼女も僕も梅田からログアウトしてそれぞれの帰路についた。ログアウトする直前に彼女の方を何の気なしに振り返ってみる。彼女は黒く短い髪をそれでも揺らしながら、シャンシャンと階段を上がっていた。誕生日プレゼントとして頂いた名物の大福は格別の味だった。

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 ここが僕らの旅する仮の世界、またの名をアストルティアといった。 

 しばらくして、今度は彼女が都合により東京に滞在することとなった。そこで僕らは「ルイーダの酒場」という『ドラゴンクエスト』に登場する酒場を模した、こちらの世界と仮の世界を繋ぐ特異点で再び会うこととした。

LUIDA'S BAR (ルイーダの酒場) 公式サイト 「ドラゴンクエスト」×「カラオケ パセラ」コラボレーションショップ|ホーム

記号と結びつく顔のようなもの

 これは奇妙な感覚であるかもしれないが、記号で呼び合う関係の人間はその顔を知っていたとしても記号と実際の顔が結びつきにくい。記号と結びつく顔のようなものは時にそのゲームアバターであり、時にその人が愛する作品のあるキャラクターであり、もしくはSNSのアイコンであった。

こういったことがある。最近では顔を出さないネット上の有名人というものが多く存在するが、彼らにはそのうちファンによって彼らをイメージするキャラクターが創造される。ファンはそのキャラクターの特徴に従ってファンアートなどを描くが、なにかの機会でその対象の人物が顔出しをしたとしても、そのキャラクターの特徴はブレることはない。彼らの名前や本性とは別に、生まれ落ちてしまった仮の名前とキャラクターは、彼らとは分離して存在し続けてしまうのだ。

実際、一度イメージを関連付けてしまったものを取り下げて新たにする作業は意外と難しい。この感覚はインターネットを経験した人間にしか伝わらないかもしれないが、実際の顔と、名前のような記号は一致しないのである。

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 「ゲーム実況者」と呼ばれる人の写真。現実は虚構に上書きされる。

導かれし者たち

ルイーダの酒場」へと足を運ぶ前日、彼女から連絡が来た。風邪を引いて行けなくなってしまった、と。しかし僕にはその内容より、文面にあった自分自身の名前に目が惹きつけられた。

「xxx、ごめんなさい。風邪を引いてしまいました。」

僕は想像した。もうエルフではない彼女がこの文章を打っていたことを。僕は了解の返事をした。文面に彼女の名前を添えて。

 「xxx、連絡をありがとう。お大事に、また次の機会に旅をしましょう。」

 

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 余談だが、旅の写真。僕の目に大阪はサイバーパンク都市として映った。